札幌地方裁判所室蘭支部 昭和44年(ワ)143号 判決 1970年10月02日
原告
平川セツ
被告
室蘭市
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは、原告に対し、各自、金一七六万六、八九九円及びこれに対する昭和四四年五月一六日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、昭和四三年一〇月一日午後五時頃、原告所有のマツダ軽四輪トラツク室六は八六―〇七号(KBDA三三、以下「原告車」という。)を運転して、室蘭市幸町一丁目一番二号室蘭市役所庁舎北側道路(以下「本件道路」という。)を、西方から東方に向け、時速約三〇粁の速度で、進行していた際、同所に露出していたマンホールが原告車に衝突し、その衝撃により、原告は、同日から同年一二月一九日まで入院加療し、その後現在に至るまで通院加療を要する背、顔面、腰、両下肢、胸部打撲挫傷、右第五ないし第七助胸関節損傷、外傷性縦隔動揺症の傷害、(以下「本件傷害」という。)を受けた。
二、被告富士建設株式会社(以下「被告会社」という。)は、土木建築請負業者であつて、昭和四三年九月、被告室蘭市(以下「被告市」という。)から、本件道路の舗装工事を請け負い、本件事故当時、右工事を施行するについて、右道路に設置してあつたマンホールを露出させていたのであるが、かかる場合、被告会社は、土木建築請負業者として、工事現場付近の交通に及ぼす危険を未然に防止するため、予め工事現場付近において、その交通を止め、または工事標識を立てるなどの措置を講じて、工事を施行するのでなければ、工事現場付近の交通者に損害を与える結果を生ずることを容易に知り、または業務上必要とされる注意を怠らなければ、容易に知り得たものであるのに拘らず、被告会社の代表者は、右の点を顧慮することなく、漫然、その従業員をして、工事を施行させたため、右マンホールを原告車に衝突させたのである。
しかして、被告会社の代表者の工事の施行は、その職務の執行として、従業員をして、させたものであるから、被告会社は、その代表者が職務の執行について、故意または少くとも過失により、原告の権利を侵害したものである。したがつて、被告会社は商法第二六一条第三項、第七八条第二項、民法第四四条第一項により、本件事故により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
三、仮に右主張が理由がないとしても、すでに述べたとおり、原告の本件事故は、本件マンホールが本件道路上に露出したままに放置されていたことに基因するのであり、結局、本件工事現場の保存に瑕疵があつたため、惹起されたものであるから、本件工事の請負人である被告会社は、その占有者として、民法第七一七条第一項本文により、本件事故により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
四、被告市は、地方公共団体であつて、本件道路の管理者であるところ、道路の管理者としては、本件工事現場のように、交通が頻繁な場所において、右のように道路に設置してあるマンホールを露出させたまま、道路舗装工事を施行するに際しては、工事現場付近の交通に及ぼす危険を防止するため、予め、工事標識を設置するなどして、一般通行人や通行車に右危険個所の存在を知らせるように措置しなければならないのに、同被告は、このための何らの措置をも講じていなかつたため、本件事故が発生したのである。したがつて、本件事故は、被告市の本件道路管理の瑕疵に基くものであるから、同被告は、国家賠償法第二条により、本件事故により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
五、原告は、次の損害を受けた。
(一) 治療費 金一三万三、九〇九円
原告は、本件傷害治療のため、昭和四三年一〇月一日から同年一二月一九日までの間、訴外鴨井外科医院に入院加療し、その後同年一二月二〇日から昭和四四年四月一五日までの間、同医院に通院加療し、治療費、入院費合計金一三万三、九〇九円を支出し、同額の損害を受けた。
(二) 原告車の評価損 金一四万円
原告車の本件事故当時における価格は、金二〇万円相当であつたが、本件事故による破損のため、その価格は、金六万円となり、金一四万円減少したから、原告は、同額の損害を受けた。
(三) 原告車の使用不能による出費 金一万二、九九〇円
原告は、本件事故当時、原告の母訴外平川ハツ名義で、鮮魚卸小売業を営み、右営業のため、原告車を使用していたものであるが、本件事故により、原告車が破損し、使用不能の状態となつたため、原告は、昭和四三年一〇月二日から同月一〇日までの間、鮮魚の運搬を他に依頼し、運賃合計金一万二、九九〇円を支出し、同額の損害を受けた。
(四) 得べかりし利益の喪失 金六八万円
原告は、すでに述べたとおり、本件事故当時、鮮魚卸小売業を営んていたが、本件傷害のため、右営業は、極度に不振となり、昭和四三年中における所得は、皆無の状態であつたが、右傷害を受けなければ、同年中において、右営業により、金六八万円の純利益を得ることができたものと予想されるので、同額の損害を受けた。
(五) 慰藉料 金八〇万円
原告は、すでに述べたとおり、本件傷害治療のため、昭和四三年一〇月一日から同年一二月一九日までの間、鴨井外科医院に入院加療し、その後は現在に至るまで同医院などに通院加療しているが、いまだ全治しないのであつて、これによる精神上の苦痛に対する慰藉料額は、金八〇万円が相当である。
六、よつて、原告は、被告らに対し、各自、右五の(一)ないし(五)の各損害金合計金一七六万六、八九九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月一六日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めると述べた。〔証拠関係略〕
被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、原告主張の請求原因事実中、
一のうち、本件道路上にマンホールが露出していたこと、原告が本件道路上で本件傷害を受けたことは否認するが、その余の点は不知。
二のうち、被告会社が原告主張の日時、被告市から、本件工事を請け負つたことは認めるが、その余の点は否認する。
三は否認する。
四のうち、被告市が地方公共団体であること、被告市が本件道路の管理者であることは認めるが、その余の点は否認する。
五は不知。
二、被告市の本件道路の管理には瑕疵がない。すなわち、本件道路は、本件事故当時、舗装工事が施行されていたところ、昭和四三年九月一五日から同月二五日までの間に、掘削及び路盤工事が完了し、掘削した路面には、舗装時の状態と同一の高さまで砂または砕石が入れられ、石粉が敷かれ、その上をロードローラーで転圧され、人車の通行により、自然に転圧される期間中であつた。しかして、右期間中、本件道路上のマンホールの周囲には、砕石及び砂が盛られ、マンホールが路上に突出することがない状態にされていたのである。
特に、本件道路は、室蘭市役所庁舎玄関前の道路であつて、平常の交通量も大であり、また、本件事故当日の翌日である昭和四三年一〇月二日から同月四日までの間、被告市などの主催による第六回全国タール道路研究大会が本件道路に近い室蘭市文化センターで開催され、右大会に出席する道路舗装関係の専門家数百名がこれに出席し、そのうちの多数の者が本件事故当日の前後に室蘭市役所庁舎に来訪していたことから、被告らは、本件道路の管理には注意を払い、交通に危険な状態は全くなかつたのである。
三、仮に本件道路に何らかの瑕疵があつたとしても、右瑕疵と本件事故との間には因果関係がない。すなわち、本件道路の車道の幅員は、車道中央にあるマンホールまでの片側だけでも約五米あるから、たとえ、車道側端に他車が駐車していたとしても、原告車の幅員が、一・二九米であるので、通常の運転技術の持主であれば、マンホールに衝突することなく、右道路を通行し得た筈である。したがつて、本件事故は、原告自身の過失のみにより発生したものである。ちなみに、原告は、本件事故について、その直後もよりの警察署の警察官に対し、その届出をせず、本件事故の翌年の昭和四四年一月一〇日過ぎに至り、初めてその届出をしたにすぎないのである。
四、被告市管理の道路の瑕疵に基く損害賠償責任については、国家賠償法第二条第一項により、被告市がこれを負担することがあつても、右道路の管理者でない被告会社にこれを負担させるべきものではなく、単に、被告市が右損害を賠償した場合、被告会社にその求償をすることができるにすぎないことは、同法第二条第二項によつても明らかである。したがつて、原告の被告会社に対する本訴請求は、失当であると述べた。〔証拠関係略〕
理由
一、〔証拠略〕を総合すれば、原告は、昭和四三年一〇月一日午後五時頃、原告車を運転して、本件道路上を西方から東方に向け、時速約三〇粁の速度で進行していた際、その原因はさておき、ハンドルに胸部を打ちつけるなどしたこと、このため、原告は、同日から同年一二月一九日まで入院加療し、その後同年六月中旬に至るまで通院加療を要する本件傷害を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
二、まず、原告の被告市に対する請求について、判断する。
(一) 被告市が地方公共団体であつて、本件道路の管理者であることは、当事者間に争いがない。
(二) そこで、本件事故が被告の本件道路管理の瑕疵により、生じたものであるかどうかについて、検討する。そもそも、道路に瑕疵があるかどうかは、当該道路が通常備えるべき性状を具備しているかどうかにより、決すべきあり、右のような性状は、道路の交通量、使用状況、舗装の有無など諸般の事情により、定められるべきものである。
これを本件道路について、見るのに、〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件道路は、室蘭市役所庁舎の北側を東西に通ずる市道であつて、幅員一一・二米の舗装車道、その北側に幅員〇・六米、南側に幅員一・二米の各舗装歩道があり、同市役所庁舎正面玄関東端の前方車道のほぼ中央に路上の直径〇・七米のマンホールが設置されており、なお、車道の中央がやや高く、その両側に向い、約二パーセントの勾配が見られること。
(2) 被告市は、昭和四三年九月、被告会社に対し、本件道路の舗装工事を請け負わせたところ、被告会社は、同年九月一五日から同月二五日までは掘削及び路盤工事、同年一〇月一六日から同月二四日までは舗装準備工事、同月二七日から同年一一月一日までは舗装工事、同年九月二二日から同年一一月三〇日までは附帯工事(縁石工事、歩道舗装工事)を施行したものであるが、本件事故当時、右道路の車道部分は、右のように掘削及び路盤工事が施行されて、未舗装ではあるが、路面から、〇・六米の深さに掘削した後に、地上〇・二米の高さまで砂が敷かれ、その上に、さらに〇・四米の高さまで鉱滓及び鉱滓粉が敷かれた上、ロードローラーがかけられ、舗装時の路面の状態と同一の高さ、平坦さとなり、人車の通行により、自然に転圧される段階にあり、人車の通行に支障のない状態であつたこと。
(3) 右車道中央のマンホールの周囲は、本件事故当時、右のように鉱滓及び鉱滓粉などを敷いて、ロードローラーで固められていたため、マンホールの蓋の面と路面とが同一平面となり、マンホールが路上に突出することがない状態であつたこと。
(4) 本件道路の交通量は、通常は大であつたが、本件事故当時の交通状況は、比較的閑散であり、なお、天候は、晴天であつたこと。
(5) 右のような自然転圧の状態は、路盤工事が終了した昭和四三年九月二五日頃から舗装準備工事が開始された同年一〇月一六日頃までの間、継続していたが、この間、本件道路は、毎日、被告らの係員が巡視を行つており、右道路上で事故に遭遇した自動車は、原告車の外にはなかつたこと。
右のような事実が認められ、〔中略〕他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件道路は、本件事故当時、舗装工事が未完了であり、舗装道路としては、完全とはいえないとしても、車道としては、自動車の通行に何ら支障がなかつた状態であると認定するのが、相当である。したがつて本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。
(三) 右のとおり、被告市の本件道路の管理には瑕疵があつたとは認められないところ、原告は、本件事故の原因は原告車が右道路上のマンホールに衝突したことにある旨主張するが、これにそう証人赤間六三郎、同藤暁美、同金内澄一の各証言部分、原告本人の供述部分は、右(二)に認定したところに対比して、たやすく信用できず、甲第三号証が原告付貼のような写真であり、甲第八号証が真正に成立したものであるとしても、これを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、すでに判示したところと〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故当時、被告市の市民部保険課に所用があり、その窓口の執務時間も終了間際であつたため、急いでおり、原告車を運転して、本件道路上に到達した際、ハンドルの操作を誤り、これに胸部を打ちつけるなどして、本件事故が発生したことが認められる。したがつて、本件事故は、原告の原告車運転上の過失に起因するものといわなければならない。
(四) して見れば、原告の被告市に対する本訴請求は、その余の点について、判断するまでもなく、理由がなく、失当である。
三、次に、原告の被告会社に対する請求について、判断する。
(一) 被告会社が昭和四三年九月、被告市から、本件道路の舗装工事を請け負つたことは、当事者間に争いがなく、また、被告会社が本件事故当時、右道路について、右工事を施行していたことは、すでに判示したとおりである。
(二) しかしながら、すでに判示したとおり、本件道路は、本件事故当時、自動車の運行に何らの支障もなかつた状態であつて、右道路に瑕疵があつたとは認められず、かえつて、本件事故は、原告の原告車運転上の過失に起因するものであつた。
(三) してみれば、本件事故当時、本件道路上にはマンホールが露出するなど路面が不良であつて、交通に危険な状態であり、このために、本件事故が発生したことを前提とする原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の点について、判断するまでもなく、理由がなく、失当である。
四、以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも、棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。
(裁判官 佐藤栄一)